2008年11月13日木曜日

小此木啓吾『対象喪失』中公新書

 生き別れにしろ死に別れにしろ、愛する対象を失ったときの感情をどう味わうか。それには非常に大きなエネルギーが必要とされるだけに味わうという行為を避けてしまう場合もあります。そして、この悲痛な感情を経験しないまま貯めておくとそれがいろいろな心身の不調をもたらします。本書は人間にとってこの「対象喪失」という経験の重要性が述べられております。
 一番記憶に残った部分はフロイトが自分の父の葬儀に間に合わなかったこと。あれほど敬愛していた父なのに、なぜフロイトはすっぽかしてしまったのか?しかもその晩フロイトは父のごとく慕っていた年長の友人をみずからのまなざしで射殺す夢を見ます。さらに、この夢は父の葬儀に遅刻した「後」ではなく三日「前」に見たのだと自分の本にうそを書きます。
 ここまで自分自身に隠したかった事実とは何か?それはフロイト自身が父を愛していると同時に非常に憎んでいた。それゆえ、父の死は悲しいだけでなく「ざまあみろ」という喜悦の気持ちもあったという事実なのです。これをアンビバレントな気持ちといいますが、これをフロイト自身、自分自身に認めることさえはばかられたのでした。
 この本はほかにもいろいろなエピソードが語られていて、読んでよかったです。

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