2009年6月22日月曜日

フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』岩波少年文庫

 少年トムの悔し涙を流しているところから物語は始まります。弟のピーターがはしかになったのでせっかくの休暇にはピーターと遊べないどころか、狭苦しい住宅街の庭もないおばさんの家をせっかくの休暇を過ごさなくてはならなくなったからです。こんな書き出しを読むと私はとても主人公に共感をおぼえるとともにこの作品をこれだけで好きになりました。
 小学校5,6年の、あの思春期とも子供時代ともいえない微妙な時期。もう子供の純真さは失い、かといって一個の人格として自己主張して自分を守ることも知らないあの時期。悔し涙は日常の出来事でした。
 それにしてもこの作品の印象のひとつに壮大さがあげられます。とても児童文学と思えないくらいです。それは何も荘厳というようなものではなく、物語全体が一分の隙もなく緊密な設計のもとに作られているからでしょう。
 トムは灰色一色の生活しか待っていないと思っていたおばさんの家に思わぬものを発見します。それは13時を打つアパートの大時計の中に秘密がありました。時計が13時というありえない時間を打つとき、昼間ただのガレージや汚い溝やさびれた住宅街しか見えない場所にとても魅力的な大きな庭があることを発見したのです。
 そしてトムはここでハティという女の子と知り合いにあります。
 とてもとても広い庭ですから、トムはハティに会いに行くたびにいろいろな遊びをすことができますし、最初弟のピーターと遊ぶことをあれほど楽しみにしていたのに今やおばさんの家で夜中を待つことが日々最大の楽しみになります。
 次第にハティを取り巻く人たちの人間関係やハティの不幸な生い立ちなどを知っていきます。トムにとって休暇をいかに引き伸ばし、おばさんの家から自分の家にどうしたらもどらないですむか、これだけを一途に考えます。
 読み進んでいくうちに、トムの視点ではトムがハティに会いに行っているのに、ハティの側から見ると19世紀の世界にトムという幽霊(?)が慰めに来てくれているとも見ることができることに気付き始めます。というのはハティは次第に成長しているからです。しかも一晩でもう何歳も年取ったりしていますから。
 ゆっくり静かに進んでいくかに見えるストーリーは最後に近づくにつれてとてもドラマチックになります。
何度でも繰り返し読みたくなる作品です。

0 件のコメント: